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インタビュー記事

「勉強」ではない「学問」とは 「知」求め自分でもがけ

橋本努・北大大学院教授に聞く

2013311日『北海道新聞』全道朝刊、14頁、所収

 


 

もうすぐ新学期。大学に進む若者の中には「何を、どう学べばよいのか」不安な人もいるだろう。そんな人に読んでもらいたいのが北大大学院経済学研究科の橋本努教授が1月に出した「学問の技法」(ちくま新書)。読書や論文執筆、ディスカッションなどについて語りかけるように説明する。「優秀な学生ほど挫折しやすい。『学ぶコツ』さえわかればやっていける」という橋本教授に聞いた。(高畠伸一)

 「各大学でも新入生に向け、図書館の使い方などのマニュアルは出している。でも、知的好奇心のある学生にとっては物足りない。大学で何をすべきか迷っている学生に向けて書きました」という。

 「スノッブ(俗物)になれ」「自分の顔に責任を持て」「本を読んで不良になれ」「意見はでっち上げるもの」。挑発的な見出しが並ぶ中で、強調しているのは「勉強」と「学問」の違い。受験勉強の延長線上に大学での学習をとらえる多くの学生は、資格取得を目指す。大学もその流れに沿い、英語などの資格取得で出口で学生を絞るようになっている。しかし、社会人になって必要とされるのは、資格よりも「自分で学ぶ力」そのもの。その力を大学でどう身につけていくのか。

 「現代は社会的階層が固定化している。親がそこそこの大学を出た学生は、親からいろいろ聞いていて、大学で迷うこともない。問題は低所得層出身の学生。マニュアルがないゆえに苦労する」と分析。「この本は社会的階層・階級を流動化する試み。優秀な人材が学問するきっかけになればと思う。挫折してほしくない、というメッセージも込めています」

 通読すると現代の学生像が見えてくる。「団塊世代が大学に入ったころは過剰抑圧社会で、『受験地獄』という言葉さえあった。しかし今は『競争』があるだけ。親がある程度の社会的階層にいれば、ほぼ自動的に大学に進む、過小抑圧社会だ。親の愛情がたっぷり注がれた子供は、プライド高き人間に成長する」

 問題はそれから。「子供が大学に入ると、親は『自立』を促す。そこで子供は孤立化する。プライドだけが肥大化し、自由とは何か、自立とは何かがわからない。そして不安になると、ネット右翼とか、カルトなどに向かってしまう」。この孤立化の危険性にいかに立ち向かうか。「学問こそが、孤立化に立ち向かえる一番のツール。壊れやすい、傷つきやすい若者たちに何をしてあげられるか。それは学問に向かう技術を教えることではないか」

 北大での講義では、自らの頭で考えることを中心に据えている。「20歳の1年は50代の10年に当たる。これを経済学的に見るとどうなるか。そんな大切な時期に、アルバイトだけしていていいのかと問いかけます」。また「『1千万円あったら、どうやって自分に投資するか』とか『いま自分の関心ある問題を100個挙げよ』といった課題でディスカッションします」

 本は社会人の関心も集めている。筑摩書房によると刊行後、2刷1万1500部が出た。「大学での勉強法を真正面から扱った企画は少なく、挑戦だった。爆発的というより、じわじわ伸びており、ほっとしている」と担当編集者の江川守彦さん(27)。「売れ行きの中心は社会人。30歳から50歳の男性の支持が高い。自分を高めるためのテクニックを探しながら読むこともできるからかもしれない」という。「学び直し」を欲する人も多いようだ。

 橋本教授は1967年、東京都生まれ。横浜国大から東大大学院に進み、96年に北大へ。専門は経済思想、政治哲学、社会理論。格差社会や「3・11」以降のエネルギー問題についての提言や論文も多い。2007年に出した「自由に生きるとはどういうことか」(ちくま新書)は戦後日本社会で「自由」の意味がどのように変容したか、尾崎豊やエヴァンゲリオン分析で明らかにした。

 「バブル世代」を自任する。「私たちの世代からは、世界的にも国内的にも、大した思想家は出ていない(苦笑)。むしろ、今の学生の方が社会の実態と切り結んでいるだけ、しっかりしている。だからこそ、『学問』によって困難な時代を乗り越えて行ってほしい」と期待する。

 「3・11」以降の社会に向かって行かなければならない学生たちにとって「知」は必須アイテムだ。学べ、学べ、学べるうちに、学べ―。

【写真説明】研究室の橋本教授。現在、学生に人気の研究テーマは「幸福論」という。「格差論から一巡してしまった。格差が縮まったわけではないのに」